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ある伝説的隠居研究者の回想ブログ

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コメントへの回答 3
 昭和29年の有機合成殺虫剤(パラチオン、別名ホリドール)の出現は当時の日本人にとっては、幕未の黒船出現にも比すぺきショッキングなニュースでした。実務に関係した一部の専門家を除くと、大学の教授レペルの学者でも予想していなかった新技術思想であったために、マスコミの質問に対して適切な対応がとれなかったようです。
 農薬という言葉が日本語に誕生したのは農薬取締法が制定された昭利23年ですが、その動機は、DDT・BHC等の新しい有機合成殺虫剤やジネブ・マンネブといった有機合成殺菌剤が海外から日本市場に出現したことが動機のようです。それまでは、農薬は、ボルドー液とか砒酸鉛・石灰硫黄剤というように個別に呼ばれていました。全部毒物だったので、英語ではエコノミックポイズンと呼ぱれていました。DDT・BHCの時代まではエコノミックポイズン的な古典的科学思想で農薬を理解してよいので、農薬取締法のなかの農薬の定義は極めて日本的ないい加減なものです。
| コメントへの回答 | 08:27 | comments(0) | - | pookmark |