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ある伝説的隠居研究者の回想ブログ

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日本の家庭教育 東大生、京大生の育て方 7
 この借金をしたような心の重荷のようなものは、大学に合格する頃まで続いた。
 祖父の、私に対する教育は、ここで終わった。父が戦地から帰って来て、勤務地の関係で、再び別居することになったからである。父は能登半島の町にある旧制中学の教師をしていた。
 今、思い出してみると、私の父も母も学校の成績のことは、一度も口に出して褒めたことも、叱ったことも無かった。父は息子の視野を拡げる事だけを考えていたようで、子供の頃に、一度だけ見知らぬところへ連れていった。しかし二度と繰り返すことはなかった。魚釣り、茸狩り、サーカス、芝居、映画館、テニスの試合、実弾射撃の練習場、金沢のデパートの食堂、この様な場所を最初に知ったのは、すべて父と二人づれの時だった。よほど嬉しかったのか、今でも絵にかけるように憶えている。
| 日本の家庭教育 東大生、京大生の育て方 | 09:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









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