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ある伝説的隠居研究者の回想ブログ

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農薬の功績(食糧問題の解決) 8
 この方法は、田植え時の水田土壌の表面に、PCPを散布してPCPの膜を作り、田植え後に発芽してくる稗の芽をPCPの膜に接触させて枯らすという巧妙な方法で、省力効果が高かったが、PCPは魚毒が強いために、大雨が降ると膜が壊されて、魚が死ぬという事故が多発した。

 このことから、魚毒がない稲と稗の選択牲除草剤の産官の協同研究が進められて、優れた除草剤が多数開発されて、それ以来、水田の除草に労力が殆どいらなくなった。
 水田用除草剤の聞発によって農村の労働力が大幅にあまり、都市へ移動して、昭和四十年頃から始まった高度成長の原動力になった。

 昭和二十年代前半の農業人日ば、全人口の五○パーセント以上を占めていたが、昭和四十年頃に半減し、さらに減少を続けて、現在は数パーセント程度になった。一町歩当たりの除草所要時間は昭和二十四年の五百六時間に対して、現在は三十九時間といわれる。
 昭和四十五年頃になると、生産者側のニーズに注目した改良研究は、ほぽ山を越えて、研究の重点は、次第に消費者側のニーズに注目した環境問題や慢性毒性問題の改善に重点を移していった。
 昭和五十年頃から、更に洗練された新農薬が登場し始めて、再び目覚ましい技術革新がスタートするのであるが、本文のテーマでないので割愛する。
| 農薬の功績(食糧問題の解決) | 23:13 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









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