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ある伝説的隠居研究者の回想ブログ

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発想の原点 6
 標準化委員会事務局員時代は後年のTQCの種蒔きをしていた訳であるが、この時に、日科技連のベーシックコースで実験計画法を学んだことは、製剤研究の管理職になった時に大いに役に立った。二年後にまた転勤命令が来た。
 転勤先は、大阪技術部第二技術課であった。工場と研究部や本社との中継点のような部門で農薬担当課員の助手をせよということであった。

 この時、自分について奇妙な評価のあることを知った。それは、「人の出来ることは出来ないくせに、人の出来ないことの出来る奴」という、有り難いような、有り難くないような評価であった。誰が言い触らしたか知らないが、初対面の部長に言われて知った。

 それには心当たりがあった。新入社員として入社した時、入荷する原料を分析試験する試験係に配属になったが、不景気のためにすることがない日があった。そこで、分析工の仕事を分けて貰って、その日ぐらしをしていたのであるが、不器用で分析工の二倍以上の時間がかかる。報告を待っている連中には評判が悪かった。

 それで、一度、秘策を用いた。塩酸の受け入れ検査であったが、至急という注文だったので、百本の二五リットル瓶の塩酸の受け入れ検査を午前中に完了して、しかも、不合格品二本を指摘したのである。

 これには分析工も腰を抜かした。
| 発想の原点 | 06:53 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |









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