RECOMMEND
RECOMMEND
SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
CATEGORIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode
LINKS
PROFILE
OTHERS

11
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

ある伝説的隠居研究者の回想ブログ

<< 非常識、農薬反対運動の波紋 7 | main | 倒錯に紡得う日本の反戦平和運動 1 >>
非常識、農薬反対運動の波紋 最終章
 各国代表から、DDT、BHC不足によって再発したマラリヤの防除対策について報告された。資料が貫えず、英語も聞き取りにくくて内容はよく解らなかったが、アフリカ代表は殆ど全員演壇の正面指定席にいる日本人オブザーバーを直視して語気鋭く厳しい状況を報吉していた。最後の報告者はエチオピヤ代表であったが、次第に激昂して、日本はDDT、BHCの製造設備をアフリカに移転せよ、日本人の公害輸出とはどんな意味か、我々は喜んで日本の公害を引き受ける。と叫んで、座長に宥められて降壇する一幕があった。日本がDDTの輸出を禁止した後遺症はその頃まで開発途上国を苦しめていたのである。
 これまで述べたことは氷山の一角にも当たらない。ほかにもあるが同工異曲になるので中止するが、これらの事実が何を物語るかを社会党や大新聞の当時の当事者に少しでも考えて貰えれば幸いである。
| 非常識、農薬反対運動の波紋 | 07:49 | comments(0) | - | pookmark |