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ある伝説的隠居研究者の回想ブログ

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非常識、農薬反対運動の波紋 7
 日本の人道主義によって世界は伝染病の恐怖に覆われて、おそらく多数の人が犠牲になったと考えるのであるが、その頃の日本のマスコミは取り上げる気持なく、反農薬の情報のみを流していた。
 ケニアのビクトリヤ潮畔のキスムの町はマラリヤの中心地で訪問者は予防薬を飲まされる。WHOが低抗性が出始めたDDT水和剤の後継者にスミチオン水和剤を取り上げて、マラリヤ防除の野外試験を進めていた。昭和五十一年だったと思うが、日本代表が出席しないのでオブザーバーの資格で、現地で開催するFAO、WHOジョイントミーティングに出席するように求められて、海外開発部長と二人で出席したことがある。
| 非常識、農薬反対運動の波紋 | 07:59 | comments(0) | - | pookmark |