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ある伝説的隠居研究者の回想ブログ

英会話雑感 最終章
 言葉はたどたどしかったが、意思の疎通には、全く問題はなかった。要するに、互いに相手の話に興味を持てば、言葉はそれほど障害にならない。言葉の教育は、一力月か二カ月あればよいことを、研修センターの青年達は証明していたのである。
 公用では、中途半端な英会話力は、有害無益で適訳を使うべきである。私用ならば数力月勉強した程度の会話力で充分である。大切なものは、話の内容である。英会話の勉強をするよりも外国人が話を聞きたがる日本人になる勉強の方がもっと大事である。日本人に欠けているものは、会話力だけではない。仕事を通じてこんな事を考えているうちに英語音痴になったのである。
| 英会話雑感 | 07:58 | comments(0) | - | pookmark |
英会話雑感 21
 緑の革命の影響だったのか、農薬の応用研究希望者が多く次から次とあらわれた。一人原則として二週間、言葉は術語は英語を便うがそれ以外は日本語と取り決めて、自分で対面教育を続けた特期がある。
 農薬の教育は、疲れると、効率が下がるので、午前中で打ち切り、午後は自由討論にして、学校教育、家庭生活、結婚、恋愛問題、学生運動、など、いろいろなテーマを取り上げて、日本との比較論をしたのであるが、今も楽しい思い出になっている。
| 英会話雑感 | 08:40 | comments(0) | - | pookmark |
英会話雑感 20
 中国の常套手段で、日本人は、よくこの手にかかって、内部情報をスクープされる、という話を聞いた。中国人の交渉術の知恵と懐の深さを知ったのである。
 この頃に、伊丹市に関西研修センターが開設された。開発途上国の青年を受け入れて、一力月間日本語を教えた後、一力月間企業に派遣して訓練して、人材を育成する施設のようであったが、このルートで各国から優秀な青年がやってきた。
| 英会話雑感 | 10:20 | comments(0) | - | pookmark |
英会話雑感 19
 相手の中年男は、延安時代に、徳田球一と同じ部屋に寝起きしていた闘士で、日本語はぺらぺらである、との確実な惰報を入手していたのであるが、面接中は、その素振りは全く無かった。
 たまたま、どちらかの連絡に、手違いがあったらしく、講義の範囲をめぐって激論になり、決着が付くまで三十分程かかったが、その間、通訳を通して聞く話だけに耳を傾けて、私や通訳の日本語に対しては、毛筋程の隙も見せなかったのである。
| 英会話雑感 | 08:36 | comments(0) | - | pookmark |
英会話雑感 18
 昭和四十五年だったと思うが、国交回復前の中国へ出張した。政経分離でスタートした広州の日中交易会で中国の技術者に農薬製剤学の講義をせよとの話であった。
 当時の中国は文化大革命が収まって、緑の革命が進行中であった。「農薬を化学化せよ」の毛沢東スローガンが掲げられて大量の農薬が輸入されて土法「自然農法」からの脱出が課題であった。朝日新聞が、百八十度反対の宣伝をしていた事実に驚きながら、広州の会場にはいり、中国共産党の幹部と、中国人通訳一人を入れただけの、一対一の面接がはじまった。
| 英会話雑感 | 08:59 | comments(0) | - | pookmark |
英会話雑感 17
 通訳が英語の質問を和訳している間に、返答を考え、それを租手に伝えている間に、次の説明を考える方が、遥かに能率的で効率的であることがよく判ったのである。通訳の時間は、無駄な時間ではなく、考える為の必要時間であったのである。
 その頃に、ソニーの森田昭夫氏がアメリカ市場開拓のエピソードを出版されたが、その中で、日本人が英会話が下手なのは学校が悪いからだ。自分は真面目な生徒だったので下手になった。と相手を笑わせてぎた。と述べておられた。私は弁護士を得た思いで、それを真似ることにした。
| 英会話雑感 | 08:59 | comments(0) | - | pookmark |
英会話雑感 16
 それ故、実戦のなかで鍛える方法がよいと考えて、最初の出張先のオーストラリアの会社で、術語の頻度の高い部分を選んで、時々、片言の英語で説明した。こちらの説明は一応解ったようであったが、その後が大変だった。質問に対応できないのである。先方は平易な言葉で術語を使って質問しているのだが、こちらは、先ず、英語を日本語にして、次に質問の意味を考えて、答えを日本語で準備して、それを英語にする、という四工程が頭の中で必要になり、肝心の返事の内容を吟味出来なくなったのである。通訳者は術語の知識がないので傍観することになる。その上に、返事の内容不備が、次の質問を誘発して話題が横道にそれたりして、さらに時間がかかることになった。
| 英会話雑感 | 08:38 | comments(0) | - | pookmark |
英会話雑感 15
 その頃の私は、通訳を通しての説明は、時問が二倍かかり、そのうえ、通訳者に術語の完全な理解を求めることは困難と感じていたので、術語を使いこなす事の出来る研究担当者が英会話に練達しなければ、能率も効率も半減すると考えていた。
| 英会話雑感 | 08:23 | comments(0) | - | pookmark |
英会話雑感 14
 昭和三十九年、私は創設されたばかりの、農薬の製剤法や安全性の研究をする部門へ転勤になった。早々に、幼稚園というニックネームがつけられたそうである。それでも、二年後から海外向けの普及活動が始まり、園長に出動命令が出た。英語が駄目、と言っても取り上げられる筈もなかった。
| 英会話雑感 | 08:26 | comments(0) | - | pookmark |
英会話雑感 13
 それからは、優秀な翻訳者が側にいる時は、英語に気を取られることなく、内容だけに注意して、完全な日本文の作成に集中する事にした。
 この様な仕事を通じて、海外への進出の為には、ソフトの技術情報の充実が最も重要であり、自力で整備する以外に道がないことを痛感した。
| 英会話雑感 | 07:44 | comments(0) | - | pookmark |