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ある伝説的隠居研究者の回想ブログ

台湾と韓国の若者達 最終章
 中国人は日本人に劣る事はないという意見は、東宙アジアの華僑の友人からも聞いたことがある。華備は家族が多国籍という例が多いように、国際的視野が広く、実力派らしく人間の見方も辛辣であった。彼に言わせると、ハングリー精神の差だそうである。中国人は漸くハングリー精神に目覚めた。日本はそれを失いつつある。もうすぐ再逆転すると予言していた。
 ブラジルの小学校でトップクラスと言えば、かつては、日本系が占めると言われたが、今は、むしろ中国系、韓国系が優勢で、日本系は影が薄いという噂を聞いた事がある。
 今の日本の若者は果たしてどうなのだろうか、奢る平家になっていないかと、ちょっと気になる世相である。

| 台湾と韓国の若者達 | 15:19 | comments(0) | - | pookmark |
台湾と韓国の若者達 9
 こちらは、全員の面子を立てるために、寝る暇もなくグロッキーになったのである。彼らが最高の歓待法として相談して、リレー式を考え出したのか、個人の面子を立てて割り当てたのか、未だによく判らない。
 台湾の若者に見られたこの旧日本らしくない行動パターンは、アメリカの個人主義教育の影響を強く受けた為のものか、中国人本来の気質によるものか、私には解らないが、最後に来た年輩の台湾人研修生は、「台湾気質」であると言っていた。
 日本には「三人よれば文殊の知恵」という諺があるが、台湾には「三人で相談するな、意見が分かれて駄目になる」という考え方がある。個人的に較べると日本人よりも台湾人が劣ることはないが、台湾人は三人よると意見が分かれて総合力が出ないために、日本に負けていると言って残念そうにしていた。
| 台湾と韓国の若者達 | 11:50 | comments(0) | - | pookmark |
台湾と韓国の若者達 8
 三番手もそうであった。会社で現場監督をしていると言ったので、すぐ役に立つように少し手を入れたが、レベルは同じようなものであった。
 台湾の若者には、個人の経歴が売り物になるという考え方があるようで、人柄は明るく礼儀干しく親しみやすい好人物ばかりであったが、ノートを見せあって、「みんなで日本に追いつこう」という発想は、金輪際、無かったようである。研修が何回目を迎えても同じ事で、台湾の研修生は、皆、同じレベルの知識を仕入れて満足して帰ったのである。
 この後しばらくして台北へ行った時、卒業生達はリレーの選手のように一人ずつ交替に現れて、それぞれが順番に歓待してくれた。生まれて初めて先生の気分を味わって、天にも昇る感激であったが、一方では、何故一堂に会して、日本の同窓会のように一回でかたづけないのか、一寸不思議な気もした。
| 台湾と韓国の若者達 | 09:29 | comments(0) | - | pookmark |
台湾と韓国の若者達 7
 研修時間や期間は韓国と同じであった。几帳面に講義のノートを取るところも、韓国と同じであったが、講義が終わると、今日も、新しい知識が増えたと言って、素直に喜んで毎日ご機嫌だった。一週間の予定が終わると、これで会社一番の権威になった、給料も上げて貰えるかもしれない等、冗談を言いながら帰国した。帰国後、父親から格調の高い日本文の達筆の礼状が送られてきた。
 二番手の研修生も同じような感じであった。韓国と較べて、改めて驚いた事は、先輩の研修生が何を学んだかについては、一切の情報を持っていないことだった。自分も一週間研修を受けると、先輩と同格になると喜んでいるだけなのである。勿論、真面目によく勉強していたが、こちらは遊んでいるような気分であった。
| 台湾と韓国の若者達 | 08:54 | comments(0) | - | pookmark |
台湾と韓国の若者達 6
 この間、韓国の若者が礼儀知らずであったわけではない。むしろ、儒教の国らしく行動所作は、大人びて立派なものだったが、一週間対面教育をしたにも拘らず、常に外交交渉に似た緊張感のようなものが漂って、師弟に通う心の交流のようなものは無かった。
 台湾の研修生は韓国の研修生の間を縫うようにして一人ずつやってきた。最初の若者は、韓国と同じように提携先の会社の社員であった。選り抜きのエリートという感じではなく、たまたま手が空いていたので一番手になったと言っていたが、本当にその通りであった。彼が二番手と予言していた会社の仲間が次に現れたからである。
| 台湾と韓国の若者達 | 09:39 | comments(0) | - | pookmark |
台湾と韓国の若者達 5
 もう韓国は終わったかなと思っていたところへ次の研修依頼がぎた。延べ三週間も講義するとそろそろ種切れである。当時の韓国は、国際特許条約に加盟していなかったので、何もかも公開する事ははばかられた。第四回の研修生は化学系で質問が多かったように覚えている。質問の流れからこちらが輸出している原体の製造法に関心があるようであったが、質問が踏み込んでこないように神経を使った。彼らはこの対応に満足しなかったようであった。この後、もう一回研修会をしたあと種切れを宣告して打ち切った。
 この経過を振り返ってみると、当時の韓国は産官一丸となって、なりぷり構わず、日本に追いつけと必死になっていたことが解る。
| 台湾と韓国の若者達 | 08:35 | comments(0) | - | pookmark |
台湾と韓国の若者達 4
 一力月か二カ月して第二回の研修依頼があった。現れたのは農事試験場関係者ではなかったかと思う。前と同じく二人であった。前回と同じ要領でよいだろうと思っていたところ、前回の講義は全部勉強してきたという。試してみると、成る程、その通りである。早速、予定を変更して生物系の研究者の応援を頼んで一週間の研修を終了した。
 また、一力月か二カ月後に第三回目の依頼がきた。今度も二人である。研修生は農協と官庁関係の若者のようであったが、こちらも前回のことがあったのでやや難度の高い資料を準備していた。畑違いと思ったが、委細かまわず講義した。前のノートをマスターしておれば、解るはずだという訳である。これには相手も一寸参ったようであったが、一週間文句も一言わずに頑張って帰った。

| 台湾と韓国の若者達 | 08:46 | comments(0) | - | pookmark |
台湾と韓国の若者達 3
 これだけの経験で断定する気持ちはないが、交互に行った研修に対する両国の若者の対応が、あまりにも対照的であったので、国民牲の違いとして強く脳裏に刻み込まれた。もう、二十五年も経っているので、また変わっていると思うが、当時の思い出として紹介することにする。
 最初に来たのは韓国の若者だった。ソウル大学を卒業して会社で数年の実務経験があった。一人は工場から、一人は技術管理部門からと言っていた。どちらも非情に優秀で、選り抜きのエリートを研修生として派遣したことは明らかであった。一対二の対面教育で、午前十時から午後三時頃迄、二人は真剣に聞きノートを取り、それぞれ自分の専門分野から質問してきた。一週間で基礎的な知識をほぽマスターして帰った。
| 台湾と韓国の若者達 | 08:30 | comments(0) | - | pookmark |
台湾と韓国の若者達 2
 昭和四十三年(一九六八年)だったと思うが、韓国の農薬会社と代理店契約が締結されて、現地に於ける製剤加工と拡販技術サービスの中核的技術者を養成する必要性から、現地人の若者を受け入れて農薬の応用研究部門で教育することになった。
 教育するといっても、こちらもスタートしたばかりで、研究員はそれぞれ担当課題に追われて、あっぷあっぷの状態であった。誰に頼む訳にもいかず自分でやるしかなかった。それから暫くして、台湾にも同じ問題が起こったので、これも引き受けることにした。
 この様な経緯で、韓国の研修生と台湾の研修生を交互に受け入れて、つきっきりで対面教育する仕事を一年程続けた事がある。韓国人は五回で延べ十人、台湾人は六回六人くらいだったと思う。
| 台湾と韓国の若者達 | 10:16 | comments(0) | - | pookmark |
台湾と韓国の若者達 1
 台湾と韓国は共に日本に一番近い隣国である。そして、半世紀程の期間であるが、日本として扱われ、日本人としての教育を受けた事もある。
 戦後独立して、それぞれ独自の道を歩んで、両国は共に発展しているが、この二つの国の戦後教育を受けた若者達がどう違うか、ということになると、案外、解っていないのではないかと思う。
 私の見たところでは、実は、全く対照的なのである。生涯発達心理学の視点から、人間とは時代の子と言われるがその通りである。日本人の若者は外国人からどう見られているか気になるところである。
| 台湾と韓国の若者達 | 13:47 | comments(0) | - | pookmark |