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ある伝説的隠居研究者の回想ブログ

コメントへの回答 最終章
 農薬は登録許司されなければ販売出来ません。登録のためには、複数の場所と複数の年の公的試験場の試験報告が必要ですが莫大な費用がかかります。そのために、マーケットが小さいと登録を諦めるので、適用範囲に不合理を感じることがあります。野菜にも同じ悩みがあります。
 果樹は、りんご、みかん、ぷどうなど色々あり、寄生害虫もいろいろですが、しんくいむし、はまきむし、だに、かいがらむし、かみきりむし、などが重要害虫として挙げられます。果樹害虫の強さは、おおまかに、米害虫と花害虫の中間の印象です。稲の害虫のようにトーチカにこもったり、ぬかるみに強い水陸両用戦車のような武装がなく、果樹の葉や幹の表面にいるので薬剤も使用しやすく、薬剤は米と花の中間の強さの感じです。
 ご質問は、米、果物、花に使われている殺虫剤を作物を食ぺる立場からみた感想のようですが、殺虫剤は、使用する目的が防除ですから、選択の基準は防除効果が優先します。 また害虫防除の立場からみると、米害虫が最強、花害虫が最弱、果物はその中間とい
う位置付けになるので散布する薬剤の強さの感じもこの順番になります。その結果として、質間でご指摘のおかしい傾向が出てくる訳です。
 大雑把な総論的な話でしか説明出来ないのですが、各論的に例外は択山あります。昆虫と作物の種類は無数にあります。紙面がいくらあっても足りないですからこの辺で終わります。

| コメントへの回答 | 09:19 | comments(0) | - | pookmark |
コメントへの回答 7
 30年ほど前ですが「いねみずぞうむし」という害虫が侵入して防除にてこずり大問題になったことがあります。「いねみずぞうむし」の薬剤に対する強さは抜群で、当時、「水陸両用戦車」と呼ぷ人もありました。
 稲は水田というぬかるみでの栽培のために防除に労カがかかること、また、米は最重要作物であることから国外からの害虫の突然の侵人に備えて、万全を期した殺虫剤が選択されています。
 花はいろいろ、奇生する害虫もいろいろです。主要害虫は、あぷらむし、だに、てんとうむし、けむし等で、これらの害虫は比較的弱いのでソフトな薬で防除出来ます。蝶や蛾になる隣翅目の幼虫は強い害虫ですが、低毒性の安全な殺虫薬があります。花は食ぺないのですが、殺虫剤に疎い素人の家庭の庭やペランダなどの生活圏で使用されるので、取り扱い上の事故防止は極めて重要ですから、その立場から安全なものが選ばれます。
| コメントへの回答 | 08:43 | - | - | pookmark |
コメントへの回答 6
 しかし、スミチオンはめいちゅうに対してはパラチオンと同じ程度に有効ですが、うんかにはあまり効きません。このように、選択的殺虫剤の研究が進むと目的とする害虫に対する効果は強くなっても適用害虫の幅が狭くなって行きます。つまりピンポイント型になります。この傾向がでることは鍵と鍵穴が複離になってゆくことから容易に理解出来ることです。
 うんか類は、稲の黄萎病、縞葉枯病等、ウィルス病の運び屋であることが明らかにされています。ウィルス病が発生すると大凶作になるので油断出来ません。天保の大飢饉はうんかの大発生が原因と言われているようですが、ウィルス病の蔓延だろうと考えます。
 うんかはマラソンやカーバメイト剤というような比較的ソフトな感じの薬剤で防除出来ます。しかし、最近、中国から風にのって殺虫剤低抗性のうんかが九州地方に飛来することが確認されているので油断大敵です。
| コメントへの回答 | 09:03 | comments(0) | - | pookmark |
コメントへの回答 5
 無農薬にこだわる、大学教授やマスコミ文化人は全く科学史的基礎知識がなく、エコノミックポイズンとペスティサイドの違いが判らない人達てす。新農薬を真っ先に使ってくれる農薬の守獲神のようなココアやチョコレート(スミチオンの大量引き合いを最初にし
てきた国はココアを輪出していたアフリカ最貧国のガーナとナイジエリアてした。)、コーヒーや江茶を(スミチオンに最も興味を示した訪問先はケニヤのコヒー試験場でした)
飲みながら無農薬を語る日本の知識人達は「知らぬが仏」の見本です。(閑話休題)
 昭和29年から、米を加害する「めいちゆう」や「うんか」は、パラチオンで防除出来るようになったのですが、パラチオンは自殺他殺にも使われるので、農林省は特定毒物に指定して厳重に管理していました。昭和34年にパラチオンに代わるものとして、毒物でも劇薬でもない普通物のスミチオンが往友化学で発明されて、38年に実用化されたので、昭和44年頃にパラチオンは全面使用禁止になり、以後、日本では使われていません。
| コメントへの回答 | 08:23 | comments(0) | - | pookmark |
コメントへの回答 4
 しかし、戦後に出現したパラチオンからはペスティサイドという新しい科学思想によって誕生しました。昭和29年の、たった1年の間に、全く異質科学思想による技術革新が行なわれたので、日本の知識人はエコノミックポイズンの科学思想から転換することが出来ず、パラチオンという猛毒の殺虫剤の実用化を決断した政策にたいして群盲象を撫でるような状熊のまま時間が過ぎたようです。
 ペスティサイドは「有害生物選択撲滅剤」と和訳されるぺき英語ですが、医薬の化学療法剤の歴史や技術思想を知らなけれぱ何のことか意味がわからないことになります。
 抗体抗療による免疫理論、人体組織染色による細菌の発見と染色法による分類、合成染料による人体組織の染め分け、組織標本の染色などの知識があれば直感的に理解できますが、ないと全く意味不明になります。当時の関係者にはエコノミックポイズンとペスティサイドの「違いの判る人」がいなかったので、英和辞典も和英辞典も訳語は目茶苦茶のパラバラになって、現在もそのまま放置されています。これが日本知識人の無常識やエキセントリックな大学教授達の非常識の大きな原因になっていると考えます。
| コメントへの回答 | 08:41 | comments(0) | - | pookmark |
コメントへの回答 4
 しかし、戦後に出現したパラチオンからはペスティさイドという新しい科学思想によって誕生しました。昭和29年の、たった1年の間に、全く異質科学思想による技術革新が行なわれたので、日本の知識人はエコノミックポイズンの科学思想から転換することが出来ず、パラチオンという猛毒の殺虫剤の実用化を決断した政策にたいして群盲象を撫でるような状熊のまま時間が過ぎたようです。
 ペスティサイドは「有害生物選択撲滅剤」と和訳されるぺき英語ですが、医薬の化学療法剤の歴史や技術思想を知らなけれぱ何のことか意味がわからないことになります。
 抗体抗療による免疫理論、人体組織染色による細菌の発見と染色法による分類、合成染料による人体組織の染め分け、組織標本の染色などの知識があれば直感的に理解できますが、ないと全く意味不明になります。当時の関係者にはエコノミックポイズンとペスティサイドの「違いの判る人」がいなかったので、英和辞典も和英辞典も訳語は目茶苦茶の
パラバラになって、現在もそのまま放置されています。これが日本知識人の無常識やエキセントリックな大学教授達の非常識の大きな原因になっていると考えます。
| コメントへの回答 | 08:41 | comments(0) | - | pookmark |
コメントへの回答 3
 昭和29年の有機合成殺虫剤(パラチオン、別名ホリドール)の出現は当時の日本人にとっては、幕未の黒船出現にも比すぺきショッキングなニュースでした。実務に関係した一部の専門家を除くと、大学の教授レペルの学者でも予想していなかった新技術思想であったために、マスコミの質問に対して適切な対応がとれなかったようです。
 農薬という言葉が日本語に誕生したのは農薬取締法が制定された昭利23年ですが、その動機は、DDT・BHC等の新しい有機合成殺虫剤やジネブ・マンネブといった有機合成殺菌剤が海外から日本市場に出現したことが動機のようです。それまでは、農薬は、ボルドー液とか砒酸鉛・石灰硫黄剤というように個別に呼ばれていました。全部毒物だったので、英語ではエコノミックポイズンと呼ぱれていました。DDT・BHCの時代まではエコノミックポイズン的な古典的科学思想で農薬を理解してよいので、農薬取締法のなかの農薬の定義は極めて日本的ないい加減なものです。
| コメントへの回答 | 08:27 | comments(0) | - | pookmark |
コメントへの回答 2
 昭和25年7月に住友化学の代表が戦前に関係があったアメリカのACC社を訪問した時に、有繊合成農薬工業という新産業が欧来で発展していること、ACC社が工業生産していることが判ったようです。昭和26年に入手したサンプルを全国的に野外試験したところ、パラチオンは、米のめいちゅう、うんか類の外にも、果樹、野菜害虫にも広く卓効を示すことが確認されました。住友化学は直面している食糧難を乗り切るために、昭和27年にアメリカのACC社及ぴドイツのパイエル社とパラチオン製造に関する特許ライセンス契約を締結して大分県鶴崎市に生産工場を建設、昭和29年2月から生産を開始しました。農林省及び農協は、一刻も速く日本の食糧難を解決するため、厳重な事故防止体制を政令で告示して全力を挙げて協力して、その年のうちにパラチオンを全国で使用させて、その年の好天候による豊作と相挨って1年で米の自給自足が実現しました。
 米の自給自足体統が確立すると、毎年、米輸入のために計上していた外貨予算(1ドル360円)が投資にまわり、昭和30年から全面的に好景気になり神武景気とよばれました。昭和30年からの数年間で自動車用高速道路や港湾隣接工場団地や新幹線が完成して、昭和39年には東京オリンピックが開催されるところまで復興した訳です。
| コメントへの回答 | 09:54 | comments(0) | - | pookmark |
コメントへの回答 1
 農作物に殺虫剤を使用する目的は奇生する害虫を防除して作物を保護するためです。
 それ故、寄生する害虫によく効くことが殺虫剤を選ぷ上で最も重要な条件になります。 次にその作物を食ぺる人間に対して安全であることが確認されて、さらに、家畜にたいして安全てあること、作物に対しても変色等の薬害を与えないこと等が検討されて殺虫剤が選ばれることになります。
 米を加害する害虫は多数いますが、その中で最重要な害虫は、めいちゅう類(ずいむし)と、つまぐろよこぱい、ひめとぴうんか等のうんか類と考えられています。
 めいちゅうは稲の茎の表面に卵を産み、卵から孵化した幼虫は直ぐに茎の中へ潜り込み茎の髄を食ぺながら成長して稲を枯らすので大きな被害が出るのですが、茎の中にいる幼虫は、トーチカの中にいるような状態なので殺す方法がなく、そのために、凶作を招くことになったのですが、お手上げの状熊でした。

| コメントへの回答 | 08:22 | comments(0) | - | pookmark |