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ある伝説的隠居研究者の回想ブログ

ひよわな花日本 最終章
 この様な経過を振り返ると、日本の工業技術は挿し木か接ぎ木が大きくなって花が咲いたようなもの、と言えるのであって、本物と言えないのである。その花の種が地に落ちて、芽を出して大きくなって、自力で更に大きな花を咲かせるまで安心できないと思う。
 戦後の日本の工業技術力が、挿し木接ぎ木のようなものであったにせよ、めざましい発展を遂げて花を咲かせた裏には、あの頃の優秀な学生が圧倒的に理工系の道を選び、優秀な人材が揃っていたことが要因として挙げられる。
 最近は理工系の人気が落ちて文化系に進む学生が増えたという、傍観者のようなニュース記事を読むと「マスコミも教育界も変わったなあ、本当に日本の将来は大丈夫かなあ」と、年寄りは気になるのである。
| ひよわな花日本 | 10:24 | comments(0) | - | pookmark |
ひよわな花日本 4
 イーゲーファルベンとは、戦前のドイツにあった超マンモス級の化学工業会社で、圧倒的な技術力で世界の染料工業や医薬品工業をガリバー支配していた。戦後に解体されて、バイエル、へキスト、バスフ(BASF)シェリングの四社になったが、この四社は、揃って世界の超一流大企業であり、分割前の巨大さは想像を絶する。例えば、可現在のバイエル社の農薬部門の売上高は、日本全メーカーの農薬売上高合計に匹敵する。
 言うまでもなく、当時のアメリカ有機化学工業の技術水準は、イーゲーに比べれば可成見劣りしていた。それ故、イーゲーの技術を日本に移転すれば、日本はアメリカを追い抜く可能性が出て来るのであるが、何はともあれ、旧敵国の日本へドイツ科学技術の生データが送られてきたのである。
 当然のことであるが、これからの数年間は、何処の会社も必死にPBレポートを追試して、海綿が水を吸うようにドイツの技術を吸収して、日本の有機化学工業の技術水準は、一挙にアメリカと肩を並べるに至った。
| ひよわな花日本 | 07:41 | comments(0) | - | pookmark |
ひよわな花日本 3
 二百冊目を通すのに三力月ほどかかったが、終わり頃になるとドイツ化学工業の工業技術に対する考え方が、なんとなく判るような気がして来て、監督者がいないのを幸いに、あちこち拾い読みして遊んでいた。遊んではいたがドイツ化学工業の奥の深さを探訪していたともいえる。
 PBレポートとは、その時に聞いた話によると、敗戦国ドイッに対する連合軍科学技術調査面の調査報告である。
 私の担当分の二万頁は第一回到着分の一パーセントくらいだ、という話を聞いたように思うので、第一回分だけでも二百万頁になるのであるから、その後の到着分や、他の技術分野も考えると、日本に入った技術情報量は天文学的数字になると想像される。
 工場に割り当てられた報告書は、全てイーゲーファルベンのバイエルエ場の染料や医薬品の製造技術に関するものであった。
| ひよわな花日本 | 07:34 | comments(0) | - | pookmark |
ひよわな花日本 2
 それが、革新的新製品の発明は別として、工業技術の面では比較的早くアメリカに追いついた。
 この成果を見て、日本人は革新的な新製品の発明には弱いが、工業化には世界に冠たる特殊な才能があると信じている人が多いようである。ところが、実は、決してそうではない。この成果はアメリカの好意とドイツの敗戦のお陰なのである。具体的に言うと、アメリカが日本に公開したPBレポートのお陰なのである。
 昭和二十年代の終わり頃の新入社員で半人前の頃に、工場に割り当てられたPBレポートの整理を一人でかたづけるように命令されたことがあった。第一回の割り当ては二万頁であったとおもう。
 具体的には、送られて来た一冊約百頁の写真版のドイツ語の製造技術書や研究報告にざーっと目を通して、内容を同封してきたカードに、記号のような簡単な表現で書き込む仕事であった。
| ひよわな花日本 | 12:11 | comments(0) | - | pookmark |
ひよわな花日本 1
 昭和二十五年頃の大学教授から聞いた日本の薬学の研究水準に対する評価は、欧米先進国に較べて五年遅れているというものであった。
 五年という数字は感覚的なものであるが、昭和二十七年に化学工業会社に入社して、何人かの先輩に同じ趣旨の質問をしたところ、五年は甘い十年だ、追いつくのは二十年以上先だという答が多かった。
 絨維に撥水処理や防皺処理をする加工樹脂、塩化ビニルに続くポリエチレン等の高分子樹脂、合成農薬等の革新的な新製品が、続々と日本の化学工業界に導入されていたので、この様な新製品が日本人の手で発明される日が何時頃来るかという話は見当が付かないようだった。
| ひよわな花日本 | 08:01 | comments(0) | - | pookmark |